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療法士によるリハビリのケース紹介「想定しきれない不自由」について

はじめに

「病院を退院し自宅に戻って初めて、生活に不自由さがあることに気付いた。」


 これは、復職を目指してリハビリを続けていた40代のある男性の言葉です。

この方は、脳梗塞を発症後約半年間、病院でリハビリテーションを受けましたが、左手足の麻痺が残存し、日常生活に一部介助を要していました。

 しかし、復職したいと強く希望しており、生活期以降も私が勤務していたリハビリテーション施設でリハビリを継続して行うことになりました。


 冒頭の言葉は、初めてお会いした時に話してくれたもので、障害による日常生活への影響の予想が、当事者にとっていかに難しいことなのかを考えさせられました。


 病院では着脱しやすい上下の病院着で過ごしていたので、自宅に戻って服を着ようとしたときに、麻痺した手では細かいボタンをつかめないと、彼は初めて気が付いたそうです。

 彼の職場は制服を着用するため、復職にあたっては、細かいボタンがある服を一人で着替えられるようになりたいという具体的な目標ができました。


 今回は、そんな彼のリハビリの様子をもとに、リハビリにはどのような壁があるのかについて、療法士の視点から紐解いていきます。


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「経験していないこと」を想像するのは難しい

 上のお話について、入院中にいくらか退院後の生活の不自由さは想像できるのでは、と疑問をもたれる方もいるかもしれません。

 たしかに「違いがある・なんらかの不自由があるだろう」と考える人はいるかもしれませんが、さらに細かく、具体的にはどのような動作が行えないのかまで想像できる人はそう多くありません。

 人や物事によっては「○○ができれば大丈夫だろう」と安易に考えてしまう例もあるでしょう。


 たとえば留学中、私が海外の病院を受診したときの話です。

 病院で通訳が必要かどうか尋ねられた時に、当時はある程度英語が話せるようになっていたので「通訳はいらない」と答えました。

 しかし、いざ医者に自分の症状を伝えようと思っても、適切な英語が出てこず、全く意思疎通ができませんでした。

 あとから考えれば、日常会話に出てこない医療用語などの単語は分からないのだから、伝えられるはずがないのですが、その時はなぜか「なんとかなるだろう」と思っていたのです。


 彼も同じで、病院では食事や洗濯、掃除をする必要がなく、入院中は「歩けるようになれば、退院後も元の生活に戻れるだろう」と考えていたそうです。

 しかし実際には、入院中に気づかなかった生活の不自由さに次々直面することになったのです。


 身体に麻痺がある場合、今まで当たり前にできていたことが当たり前にできなくなってしまいます。そのとき、身体が動かない事実自体は目の前にあるので理解できるのですが、元の生活に戻った時にどのような不自由さに直面するかは、なかなか一人では思いつかないことが多いのです。

 また、脳卒中では身体の麻痺だけでなく、物事への認識・理解・実行などに問題が現れる高次脳機能障害も発生することがあります。高次脳機能障害があるときには、さらに「想像して対処する」のが難しくなります。


リハビリテーションの様子

 冒頭に紹介した男性は、自身の病歴や現在の生活などについて的確に話すことができ、高次脳機能障害の影響は一見ないように見えるしっかりした方でした。

 来所当時の彼は、骨折した人が使うようなスリング(肘を曲げた状態で腕を吊る道具)で麻痺の残った左腕を常に固定している状態でした。左肩がほんの少し動かされるだけでも激しい痛みがあるそうで、歩くときに左腕がブラブラ動いてしまわないよう、固定することにしたそうです。


 身体を少しさわって診てみましたが、左腕を動かされると痛くなる、というのを身体がすっかり覚えており、動かされることを自覚しただけで余計な力が入ってしまうような状態でした。


 そこで私は、痛み以外の知覚ができるよう、手に触れたスポンジの硬さを答えてもらったり、ふわふわした素材やツルツルの素材の違いを答えてもらったり、といったように、痛いor痛くない以外の知覚を、身体に覚えてもらうことからまず始めることにしました。


 徐々に痛みが減り、自分で左手を動かせる範囲が増えると同時に、生活上でも左手を使える場面が増えてきました。本人も痛みがなく動かせるようになったことや、お風呂で左手を使って右手を洗うことができた、と喜んでいました。


高次脳機能障害によって、できるかどうかという結果にとらわれ、変化に気付けない

 その後も、彼の左手を動かせる範囲は順調に広がりました。

 しかし、すぐ次のステージにいけるわけではありません。

 リハビリ前と比べて、『左手で持ったタオルで右手を洗える範囲が増えたこと』、『上着を着るときに左手を袖に通しやすくなったこと』など、たしかに彼には変化があるのですが、左腕を動かせる範囲が広くなっても、「”自分で身体を洗う”、”一人で着替えをする”というステージにまだいけていない、全然良くならない」と、改善が自覚できない状態が続きました


 補足をすると、彼には注意障害(高次脳機能障害のひとつ)があるため、動きをイメージしたり想像したりすることが苦手でした。

「洋服を着られたのか着られなかったのか」、「身体全部を自分で洗えるか洗えなかったのか」といった動作の結果(完遂できたかどうか)に意識が向いている状態で、「洋服をどのようなやり方で着たらいいのか」、「どのくらいスムーズに動けるようになったか」といった動き方や動きの質に対して意識を向けることが難しい状態でした。

 身体が動く様子をイメージしづらいようで、動きの結果からでしか自分の変化を判断できないために、「洋服を着たいがまだできない。だから良くなってない」というやや短絡的な思考になりやすい状態にあったのです。

 つまり、行為が『できるorできない』、身体が『動くor動かない』、『痛いor痛くない』といった結果が明確なものしか認識できないという状態になっていました。

 退院後の生活がイメージできなかったことにも、このような高次脳機能障害が影響していたと考えられます。

 しかし、高次脳機能障害と動きの改善によって、徐々に身体のイメージを描けるようになってきたことで、「さっきよりも力が入らずにできた」、「これらなら制服のボタンもはめられそう」と改善を実感したり生活の変化をイメージしたりできるようになっていきました。


 最終的に、彼は一人で着替えられるようになり、目標であった復職にめどがついたことから、2か月で私のリハビリは終了となりました。

一人で抱えこまずに相談することが大切

 今回この男性は、病院を退院してから洋服が一人で着られないことに気が付き、リハビリによってその課題をクリアすることができました。

 しかし、職場復帰に向けて次の行動を開始する際、新たな課題に直面することになるかもしれません。復職に向けた準備段階で直面する問題に加えて、復職してから直面する問題も考えられます。(実際、職場復帰したあとも、リハビリを継続する方はたくさんいらっしゃいます)

 さきほども述べましたが、経験していないことを想像することは困難です

 復職したいがどうすれば良いかわからない、あるいは実際に復職したが予想外に大変だった、と問題を抱える方は、まずは専門家に相談してみましょう。

 自分一人では想像できなかった障害や、その代替案が見つけられるかもしれません



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監修ドクターのコメント

症例解説

 今回紹介されたケースは、経過から神経学的麻痺そのものの重篤さよりも、感覚障害(通常生じないような異常な痛みもこの括りに含まれます)のために麻痺肢の不使用が進み、二次的な拘縮や筋力低下が問題になっていたと思われます。このような事態が生じるであろうことは退院時点でも予測できていたのではないかと考えられ、立てていた対策が何らかの理由であまり功を奏していなかったのかもしれません。

 このような場合、動かせるようになる見込みがあるにもかかわらず、「とにかく動かす」というようなアプローチが取れず、「原因も対処方法もわからない」となってしまいがちです。今回採られた”感覚に働きかける”身体イメージの再構成の手法は「認知神経リハビリテーション」と呼ばれ、一部のケースに大きな効果があるとされていますが、まだまだ広がりは限定的で実施できる施設は限られています。ベストなタイミングではなかったにせよ、有効なアプローチを受けられたのは幸運だったかもしれません。


確実な切り札は存在しない

 今回のケースでは認知神経リハビリテーションが効果的だったようですが、捗々しくなければ次の手を考えねばなりません。どんな手法も万能ではありませんし、実施してみるまで効果を完璧に予測することは難しいのです。このように有効な手法の見極めは知識・洞察力を要す作業ですが、安易に諦めるのでも闇雲にカードを切るのでもなく、総合的に状態を評価し、起きうる事態を広く想定して有効な対策を提案することが重要です。


いつ・どこで・何に対処するか

 リハビリの開始時点において、「自宅退院」「復職」といった目標を掲げることはとても有意義です。ですがそのためには、「では何をすればいいのか」という具体的な手段にも考えを巡らせる必要があります。ゴールには自動的に到達するわけではなく、マラソンのように一歩一歩を、それぞれの区間ごとのやり方で積み重ねていく必要があります。

 とはいえ病前の生活では意識していなかったような他愛もない営みについて「生活上問題になるか」はおろか、「どうすればできるようになるか」などと考えたことはないでしょうから、本稿で強調されているように、専門家の知恵も借りながら、随時問題を解決していくことが必要です。

 紹介されていた事例でも、このようになることは予測されており、対処法もある程度見当がついていた可能性は高いと思います。それでも何らかの理由で対処が難しく、筆者と関わりがあった時期にようやく可能になったのかもしれません。タイミングを逃さずにアプローチをしていくためには、予めの想定をもっておけるとよいですね。


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石井 智明

作業療法士。認知運動療法士。大学在学中に1年間オーストラリアへ留学。大学を卒業後は、吹きガラスの職人や葬儀屋など様々な職を経てから作業療法士の資格を取得。資格取得後は、主に回復期・生活期にあたる患者さんを担当。イタリアでの研修を経て認知運動療法士の資格を取得。

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